「のまネコ」事件雑感

 さて最初にトラックバックを打っておこう。
こころはどこにゆくのか?(jo_30氏)
三方一両損ではつまらない (徳保隆夫氏)

 「こころはどこにゆくのか?」に関しては、コメント打つべきか、でも長くなるから俺様のblogの方に書くか、ということでTBさせてもらっている。10/7のblogに打っているが、9月末からの一連の記事を参考に俺様なりの意見を書かせてもらおうと思う。
 「三方一両損ではつまらない」に関しては、同意しかねる意見として挙げさせてもらった。ただこちらは、元々相容れない意見だという大前提がある。このあたり立場的な話も含め、後述させてもらいたい。


 この手の論議で俺様が思うのは、まず著作権言論の自由は別であること、それと同じ知的財産権でも著作権と商標権は別々に扱うべきだ、ということだ。感情的にはともかく、実際上は著作権と商標権は別である。確か俺様の記憶では、あるマークなどを商標登録していて、それが著作権上の問題があったとしても商標登録の取り消しが困難だった事例とかがあったように記憶している。どちらにせよ、著作権と商標権は保護するべき対象も目的もかなり異なり、いっしょくたに考えると非常にややこしい話になるし(法的には)意味がないので、別々に考えるべきだと思うわけだ。今回Zenが取り下げたのは「商標権」だが、「モナーモララー?)→FLASHモナー→Zen版のまネコ」の流れにおいて著作権がどうのという話も出てきている。ただこれを一緒に考えることはちょっと問題があると思う。
 また、「のまネコ」の著作権がどうであろうと、2chネラー諸氏が感情論を元に反対の声明を上げることは言論の自由の範疇に属することで、法の上ではそれぞれ全く独立した権利だと思う。常々このような論議において「(2chネラーなどの権利なき不特定集団の)批判の正当性」について問題にする人がいるが、俺様は常に、個人として物事に対する批判の権利があると信じている。
 ただこれらは別々のものであって、それぞれがそれぞれに対して影響を与えることは、現実には難しいと考える。例えば著作権はあくまで当事者間の問題であって、俺様ら外野がいくら文句を言おうが、最終的な結果(があるとすれば、だが)は変わらない筈だ。法とはそういうものだ。
 特に著作権については後で述べるが、これまた非常にややこしい上に常識では理解できない結果が出ることの多いジャンルだ。迂闊に考えるとひどいことになる。


 まずは、「こころはどこにゆくのか?」[のまネコ]徳保氏に答える〜『損して得取れ』 から一部引用。

avexはネット上の著作者不明の著作物を占有しようとしました。著作者不明の著作物が公共の所有に属する物であったことをふまえれば、彼らの行為は公共物を私する行為に等しく、それは「公」の秩序に関する倫理、「汝盗むなかれ」という私有/所有に関する倫理を犯しています。

 確かにその通りなのだが、ただこれは感情論とか倫理の問題であって、法的にどうだという問題ではない点に注意する必要がある。まずモナー自体が公共のものなのか、という問題はあるし、Zen版「のまネコ」は社会的に許されない範囲で「モナーを真似たもの」なのかという意見もあるし、そもそも許すか許されないかすら流動的だという意見もある。
 では、「のまネコ」の著作権がどこにあるかということを考えると、それ以前の段階でちょっと複雑な話になる。
 まず著作権というものは、著作権法にその定義がある。それを誰がどのように持つべきかも、文言として書いてある。この中で「一次著作者」という、最初の原典を作った権利者が既定される。詳しい説明はしないが、「一次著作物の著作権者」の権利は普通思われているよりも非常に強く、後継の著作物に対してほぼ絶対的な権力を持つといっても過言ではない。(変な話だが、Aという作品の著作者が後に作った後編A'という作品であっても、A'はAの二次著作物という形になり、Aという著作物の著作権に縛られることになる。)
 そしてこれまた意外に思われるかもしれないが、この一次著作物というものが、契約書や同意書などで定義できたり、敢えて「訴えない」という同意だけで別々のものとして扱えたりする場合もあるらしい。(そうは法が許さんぜよ、という場合もないわけではないらしいが) 意外にこのあたり、当事者間で柔軟に制御できるらしいことが過去の判例からうかがえる。確かに著作権は親告によってはっきりする側面があり、訴えられなければ問題にならない(=曖昧なままになる、黙認状態になる)ことも非常に多い。ついでに言えば、裁判で出た結論が「正」ということで、「当事者がどう争うか」によって論点がおかしな方向へ飛んでいき、歪んだ結論に達してしまうこともある。


 「のまネコ」はどうだろう。
 最初、「わた」氏が作成したマイヤヒーFLASH(これをFLASH-1とする)がネット上で大ブレイク、そこで登場しているキャラは「モナー」と「モララー」だったことは明白だろう。このFLASHにはO-Zoneの曲「DRAGOSTEA DIN TEI」が使われていた。その後AVEXが『2005/3/2に「DISCO-ZONE 恋のマイアヒ」(ASIN:B0007G8CDE)と言うタイトルでアルバム発売』した。(おお MiniMoni しんでしまったら 圧力かかったと思ってください 2005-10-06 [のまネコ][]よくある誤解から引用) これに改変マイヤヒーFLASH(これをFLASH-2とする)を収録していた。そして『8/24に「DISCO-ZONE ~恋のマイアヒ~(DVD付) [Limited Edition]」(ASIN:B000AMD24O)をリリース』(引用先同じ)した。これに収録されているFLASHが別バージョンかどうかは俺様分からんのでおいておく。で、それとは別に(?)AVEX系?有限会社「Zen」がこのキャラクターに「インスパイア」されて「のまネコ(以下、Zen版のまネコ)」というキャラを作成、キャラクターグッズ展開などのために商標登録を出した、ということらしい。(認識が違ったら指摘してほしい)
 ここでまず、「FLASH-2」にインスパイアされて「Zen版のまネコ」を作ったという件については、キャラクターの特徴の一致などから見ても、裁判で争われると仮定した場合「別のもの」と扱うことは…正直微妙だが、かなり難しいと思う。仮に同一のものと判断されるなら、「Zen版のまネコ」の図版(美術の著作物)は、「FLASH-2」の二次著作物であると考えるべきだ。
 「FLASH-2」は「FLASH-1」の改変バージョンであるから、「FLASH-1」の二次著作物と考えるべきだ。
 では、「FLASH-1」のモナーモララーは?というと、これはちょっと難しい。AAにどの程度著作権が認められるかは議論があるが、FLASHにする段階で「わた」氏が筆絵調のイラストに書き起こしている。創作性という観点から、これが「モナー」や「モララー」のイラスト・動画として「美術の著作物」「一次著作物」という扱いになるのではないかと俺様は考える*1。またFLASHは全体として「映画の著作物」として扱うべきものだと思うが、シナリオ(言語の著作物)は「わた」氏が2chなどの空耳から集めてまとめたもので、これも「わた」氏の一次著作物だと考えることができると思う。音楽はもちろん「DRAGOSTEA DIN TEI」であって、これはFLASH発表当時に日本国内での権利者が誰かによる。
 とするとだ。「DRAGOSTEA DIN TEI」を無断使用して作られた「FLASH-1」は、「DRAGOSTEA DIN TEI」の二次著作物となる、ということは「DRAGOSTEA DIN TEI」の(日本国内での)著作権を当時からAVEXが管理していたとなれば、このFLASHの権利は元々AVEXのものということになる。なぁんだ、最初っからモナーモララーAVEXのものなんじゃん。


 …ある意味正しい可能性があるが、結論は大方嘘だ。
 この場合、音楽の著作物である「DRAGOSTEA DIN TEI」と、「わた」氏の美術の著作物である(と考えられる)「モナー」「モララー」、言語の著作物としてのシナリオ、プログラムの著作物としてのActiveScriptなどがあり、全部合わせてのFLASHは映画の著作物として扱うべきものだろう。映画の著作物は複数の種類の著作物の集合体としての性格もある。この場合だと、全体のFLASHは確かに「DRAGOSTEA DIN TEI」の二次著作物として扱えるかもしれないが、『「わた」氏の美術の著作物である「モナー」「モララー」』の二次著作物でもある。つまり、「DRAGOSTEA DIN TEI」の著作権は『「わた」氏の美術の著作物である「モナー」「モララー」』に著作権を主張することはできないのである。これは、「FLASH-1」が「DRAGOSTEA DIN TEI」の著作権を侵害していたとしても、厳然と別々のものだと言える。


 と、ここまで実はどうでもいいややこしい話を書いてきたのだが、つまりは著作権とはこんなにもややこしいものだ、というだけの話だ。俺様の考えるここでの結論としては、「Zen版のまネコは、わた氏の描いたモナーの二次著作物である可能性が高い」ということである。で、『2chのAAにインスパイヤされて描いたモナーは「わた」氏の著作物です』というのが、「法律上」のモナーの立場だと俺様は思うわけである。これは俺様の法律上の解釈であり、別の考え方も可能だ。とにかくこんなとんでもないシナリオも著作権法上ではアリなのだ、と考える。(俺様は法律の専門家ではないので、誤っている可能性も大だが)


 実際には、「DISCO-ZONE 恋のマイアヒ」に収録する段階で「わた」氏から著作権を譲渡する旨の契約が行われているとのことだし*2、またおそらく有限会社Zenが作成した「Zen版のまネコ」に関しては、その著作権について争わないという同意があるのではないかと思う。だとすると、法的な意味での「著作権」の問題はAVEXにはないだろう。そういう意味で「著作権的に問題ない」と言うことは「法的には」間違いではないと思う。
 確かにそもそも論として、AAの「モナー」「モララー」の著作権を侵害しているのではないかという説もとりうるのだが、これを言い出すと、その著作権を最初に侵害したのは「わた」氏となる。実際上の問題としても、AAの「モナー」「モララー」は半ばパブリック化された存在で、それと「わた」氏の描いたイラストと著作権上のリンクが取れるかというと、まず困難だと思う。それ以前に、「モナー」「モララー」の「著作者」が「わた」氏を訴えるという手続きが、まず必要になる。それはありえないだろう。
 例外のひとつとして、既存でモナーのイラスト*3を描いている人がいて、その人が「わた」氏のイラストに対して「自分のイラストの著作権を侵害した」と訴えそれが認められた場合は、そのイラストが一次著作物ということになる(イラスト-0と呼ぶ)。この場合はまず「FLASH-2」までは自動的に「イラスト-0」の二次著作物となる。「Zen版のまネコ」に関してはオリジナルを主張しているため再度戦う必要があるが、これも認められる可能性はそこそこあると思う。ただこれも、「モナー」「モララー」の「著作者」が「わた」氏を訴えるという手続きが必要になる。もし戦ったとしても、裁判になれば数年かかるだろう。その頃にはすっかり風化しているに違いない。
 ついでに言うと、音楽業界は割と著作権にはうるさく、特に一方的に自分の権利にはうるさい傾向があると俺様思っている。JASRACの絡みなどもあり、その権利関係が非常に複雑になっていることもままあると聞く。となると通常この辺の著作権関連の話には専門の弁護士が絡んでると考えるべきで、多分この辺は抜け目なく著作権の主張ができるよう手は打ってあると思う。いずれにせよ、AVEX/Zenが「著作権的に問題ない」と主張するだけの根拠は必ず持っていると考えて間違いないだろうし、戦う場合でも相手は専門家だから、かなり面倒だと思ったほうがいい。


 俺様がしている話は非常に奇妙と捉えられると思うのだが、法律上の「著作権」という「権利」は実はこういうおかしなものだ。「感情的な著作権」とは全く異なる結論になると思ったほうがいい。著作権は暗黙のうちに発生するが、ややこしくなったときは明示しないと主張できないし、主張が確定するのは契約または裁判によらなければならないのである。特にAAやネットキャラなどといった多くの人手を経て成長したような著作物に関しては、その解釈は非常にややこしい。実に根本的な部分から、著作権法が保護の対象とする「著作物」とはかなりかけ離れたものにならざるを得ない。そのような著作物を(全体として)保護するシステムを、著作権法その他の法律は定義し得ないのである。OS娘というネットキャラを追って著作権を勉強して知ったことはこういうことだ。


 なお、この話の中では、先の引用でjo_30氏が挙げていた「倫理的な意味においての」著作権には触れていない。それは著作権法上の「著作権」からは少し外れるからだ。もちろん重要な問題であるので、後で触れる。
 でもって著作権全体について、「じゃぁAVEXってどうよ?」という意見に関しては…コメントを避けてもいいか?


 これはちょっと俺様もよく分からんのだが、確か図版としての「のまネコ」は取り下げ、文字としての「のまネコ」は取り下げてないということだったかと思う。…そうだっけか? まぁ俺様、著作権はまだ少し分かるが商標権はからっきしなのであまり深くは突っ込まないが。
 まず、商標登録の出願自体は、これは仮に著作権上の問題を抱えていたとしても可能だったと記憶している。そして、例えば図版の商標が他の著作権を侵害していたとしても、取り下げの理由にはなっても自動的になくなるようなことはなかったと思うが、その辺は識者に譲りたい。


 AVEXが「のまネコ」の商品展開にあたり登録商標を出願したということは、これは商売の上では確かに理解できる。特にAVEXは音楽などコンテンツで商売しているわけだから、自分の権利保護には最優先で努めるだろう。「大人の事情」の話もあるとすると尚更のことだ。少なくとも「法的には」商標出願はなんの問題もないだろう。少なくともおそらく「わた」氏との著作権上の解決は無論できていたのだろうから、商標登録をすることは「法的」に問題ないと考えていたことは全く不思議ではない。倫理的にどうかという問題は無論あるわけだが、これは後でまとめて論じる。
 ぶっちゃけ「阪神優勝」の商標出願が個人でできてしまったり、コナミの「ブルートレイン」や「デジタルコロコロコミック」の登録商標問題などを見てもそうだが、結構アレでナニな手段で押さえられてしまうことがある。こういうことから、確かに商品展開においてZenが商標登録を出願すること自体は、商売上の手段としては確かに納得がいく。もし商標出願せずに商品展開したとしたらどうなるか。多分、かなり早い段階で2ch勢力か、あるいは裏社会に商標を奪われ、Zenは「のまネコ」の名称を使うことができなくなるだろう。「のまネコは有限会社VIPPER登録商標です」ぐらいのことはVIPPERならやるだろう。それはそれで面白いことだと思うが、普通はそんなことになる前に商標登録を出す。著作権以上に、この辺は仁義なき世界だったりするわけだ。いやこの辺、商標の話は本当に先に出したもの勝ちで、文字通り「仁義なし」の事例がいっぱいあるので世の中は怖い。


 逆に、カウンターとして2chサイドから「のまタコ」の商標出願に関してひろゆき氏の公開質問状があったわけだ。これも浜崎あゆみのAマークと類似しているということを除けば、行為自体は何の問題もない*4。実際にはこれは、一種の言論的手段、示威行為だろう。本来商標というのはそういう使い方をするものではないが、これまた倫理的にはともかく、法律はそれを認めているわけだ。
 俺様はこの「のまタコ」はAVEXに対する最後の一矢になったと考えている。まさかああいうパロディでカウンターを食らうとは、ZenもAVEXも予想だにできなかったはずだ。ZenがAVEXの意向を受けて図版だけでも商標登録出願を取り下げたことは、おそらく精一杯の「大人の解決(判断)」だったのだろうと思う。


 にしてもなんつうかな、商標登録とかするんだったら先にお伺い立てる場所があろうが、ギコ猫の時にどれだけ揉めたか知らん筈はないだろう、と言いたいのだが、これについては次で述べる。


  • 倫理的にとか、感情的にはどうなのか?

 では権利としての著作権や、保護手段としての商標登録が法的に問題なかったとして、それ以外の問題はなかったのだろうか。無論ある。大問題だ。
 上で引用したように、半ばパブリックなものを独占して商売することは倫理に反するという意見もあるし、倫理以前にその商魂(性根)が気に入らんというもの、「モナーを奪われるのではないか」という不安など、いろいろな考えや思いがあろう。
 しかしどうにも、そう単純な問題ではないように思うのだ。それというのも、「のまネコ」について、単に2ch側への無断使用だとか、対応がどうだったのかという話にとどまらないレベルで「不愉快」感があるように思うのだ。端的に言えば、「無断でコミュニティのものを独占して儲けるのは我慢ならん」という感覚だ。俺様も虹裏という匿名掲示板にいるが、ここ発祥のキャラクターでそういう事をされることについては、本来別に俺様のものでもなく、発祥にそれほど深く関与していないにも関わらず、非常に不愉快に感じるのは確かだ。俺様が問題にしている「電撃帝王によるOS娘漫画掲載問題」にしてもそうだ。人物としてああいうのが嫌いだからというのもあるが、それ以上に行為として不愉快だからこそ、全部で100kをゆうに超えるような長文で、こと細かに指摘していくわけだ。
 この話を書くまで漠然と感じていたのだが、どうも次の条件が揃うと一気に不愉快感が増すように思う。

    • 発祥もしくは主要コミュニティに無断で利用する。
    • 利益をコミュニティに還元しない。
    • 商標登録など、(法的な)独占を伺わせる。
    • 大規模な商業利用を伺わせる。
    • コミュニティ外の広い範囲の人も商売の対象にする。

 さらに、「発覚後の対応が悪い」が加わると事態は最悪の方向に進むような気がする。これが、ギコ猫事件・電撃帝王によるOS娘漫画掲載問題、そして今回の「のまネコ」事件に共通する点だと思う。


 実際には、モナーギコ猫VIPPERはおろか2chが作ったわけではない。これらの発祥はぁゃιぃワールドの方だ。さらにはAAとして2ch外でも貼られてるし、果ては海外のファンまでいる。ネット上で半ばパブリック化したものといえるだろう。その構成はといえば、具体的には文字数行の組み合わせのAAに過ぎない。「たかがその程度のもの」と言えなくもない。AVEXなどにしてみれば「2chでよく使われているAA」程度の認識しかなかったのではないかと思っている。
 しかし、「そんなもの」に対して、いざ事件になれば主要コミュニティに属する多数の人間が特別な感情を抱き、企業に対して怒り出し、一斉蜂起するのである。その瞬間に、「モナー」というAAキャラは特別なものに変化する。それはなぜだろうか。単にAVEXに問題がとか、モナーが奪われるとか、「のまネコ」がモナーのパクリだとか、それだけの個別の問題にとどまるとは到底思えないのである。


 「モナー」や「モララー」、「ギコ猫」などといったAAキャラたちは、多分2chというコミュニティの「住人」や「コミュニティの一部」、もしくは「(コミュニティ内の)言葉」なのではないかと、俺様は思うのである。モナーギコ猫等のAAキャラは、2chのキャラクターであるとともに、2ch同士が掲示板上で「会話」する上での、独自の「言葉」でもある。つまり、コミュニティと共にあり、切り離すことのできない存在なのではないかと思うわけだ。自分たちのコミュニティの「住人」や「言葉」が勝手に、しかも他所の人たちに切り売りされてしまう。商標登録までされてしまう。確かにそう考えれば、とても不愉快なことに違いない。
 このような考えに立てば、確かにこれはコミュニティの住人が反発しない方がおかしいだろう。倫理とか以前にまず生理的に不愉快だ。極端な表現をするなら、民族意識に近いものがあると思う。「のまネコモナーとは違う」という言い訳など通じる筈がない。
[のまネコ]「とおりすがり」さんへから、「とおりすがり」氏のコメントに対するjo_30氏のレスより引用

あなたの仰る「ネコのキャラクター」たちは、ある宗教の象徴的図像のようなものであり、たとえていえば「十字架に磔にされた半裸の男」とか「古いフードをかぶり子供を抱いてほほえむ母親」イメージのようなものです。

 宗教のおっかなさという裏の意味も含め、ある意味正しい表現ではないかと思う。さすがにこれは、賛美に過ぎる言い方ではないかとか、半裸の男の宗教の人が怒りませんかとか、「十字架に磔にされた全裸のモナー」とか「古いフードをかぶり子供を抱いてほほえむモナー」とかアリだよなとか変な方向に考えが進んだりするのだが。


 もうひとつ、名誉という問題もある。俺様は見逃していたのだが、最初AVEXは「のまネコ」は「モナー」とは違うオリジナルキャラだという主張をしていたという。いや今の主張もそのはずだ。法的にはそれは問題なさそうだが…という話は上に書いたのだが、感情的にはこれまた反発を招く内容だ。「モナー」にしても「ギコ猫」にしても2chは別に発祥コミュニティでもなく、著作権を抜きにしてもそのオリジナリティを主張できる立場では実はない筈なのだが、ただ実際上、「モナー」や「ギコ猫」などは2chコミュニティの感情的な所有物なのだろう。上記の「住民説」「言葉説」に従えば、その考えは納得できる。住民や言葉を勝手にパクられ、しかも名前を変えられてオリジナルと主張されては…「2ch発祥って言えよ!」と言いたくなるのは分かる。俺様だって言いそうになる。*5
 このあたりも不思議だが、例え本来発祥と主張できる立場になくても、パクった他人が「自分のオリジナルです!」と主張するのは無性に腹が立つのである。それが自分のコミュニティの存在なら尚更だ。これも倫理以前に、生理的に不愉快な話じゃないだろうか。*6


 今更ながら思うが、というか書いてて気づいたが、こういう部分はわりと見逃されている部分だと思う。大手企業など、こういうものが発生しうることすら年頭にないだろう。この「生理的に不愉快」というのは、「感情的」という言葉に置き換えられて軽く見られがちのような気がする。だが実際はそんな生易しいものではない。「生理的に不愉快」という事象は、実は人間が根本的に受け入れられないもののひとつであって、非常に大きな反発を生む原因となるものだ。それが時として非常に恐ろしいものであることは説明するまでもなかろう。その先にあるのは匿名掲示板というコミュニティだ。その匿名性ゆえに、反発の受け口として非常によく作用する。2chなどの匿名掲示板での火の廻りが速く、非常に短期間のうちにある方向性に集中して力が向くのもそのためだろう。特に2chコミュニティに直接関わるようなことをすれば。


 これらの感情に、「(著作権法に基づいての)著作権上の問題はありません」とかいった言い訳が通用するわけがないことは分かるだろう。しかもそのコミュニティの立場に立たなければ、「彼ら(コミュニティのメンバー)」がなぜ怒っているのかは通常理解できない。それはコミュニティの文化に深く根ざした感情だからだ。

こころはどこにゆくのか? 2005/09/08 [のまネコ]MUZOからの公式コメントからの引用

「みんなで共有しましょう」という2ちゃんねらーの『美しきプライド』を踏みにじった上、「勝手に名前を変えて自分の物にする」というそのあきれた姿勢がここで「見過ごすことのできないAvexの悪」なんです。

 美しきってああた…と思わないでもないが、ただ、jo_30氏が言う「プライド」というものは俺様も納得する。というか、上で述べたそのものだと思う。しかもコミュニティ外の人から見れば、「たかがモナーでなぜそこまで熱くなるのか??だいたいなんだそのみんなで共有しましょう→美しきプライドって??」と疑問に思うことだろう。AVEXにしてもそう考えたんじゃなかろうか。実際、問題が発覚した後のAVEX及びZenの対応は結構後手後手ぐだぐだの感がある。そうなった原因のひとつに、2chコミュニティ、VIPPER側の怒りの本質を理解できていなかった、というのがあるのだろう。


 考えてみると、AVEXにしてみりゃネットの地雷原にそうと知らずに踏み込んでしまったようなものかも知れなとも思う。俺様のようにネット暦の長い論厨にしてみれば、2chがある種の地雷原なのは直感的に理解しており、どのへんに地雷が埋まっているかもなんとなく分かる。なぜなら俺様も地雷を埋める側だからだ。しかし今回の件のAVEXは、そんなことは知るよしもないだろう。地雷を踏んで吹っ飛ばされて、しかもそれが地雷だったことすら認識できないのかもしれない。言論という地雷を踏み、プライドという信管に火をつけたことを。それはAVEXの不幸と言えるかもしれないが、それ以前にまず、地雷原に踏み入らない努力を、何をすれば地雷を踏むのか知る努力が必要だろう。2chとはどういう場所で、モナーを使う上でどういうご作法があるのかを知る努力が必要だったのではないかと思う。


 全く思うが、今回の「のまネコ」にしてもマイヤヒーFLASHまでは何の問題もなかったのだ。なぜなら、その段階まではFLASHに出てくる「モナー」は暗黙のうちに2chのものだった。2chマイヤヒーFLASHモナーを貸していた。それは2chの名誉だったのだ。
 その後のZenによる商品展開にしても、せめて「2chからお借りしました」という姿勢をきちんと見せていればこんなことにはならなかったと思う。管理人であるひろゆき氏に相談し許可を取った上で、『モナーという名称は2chで親しまれているもので、我々としてはこれをそのままお借りし商標登録するのは畏れ多いことです。必要上お借りしたキャラクターにつきましては「のまネコ」という名前で商品展開させて頂くことをお許しください。元のキャラクターはぁゃιぃわーるどを発祥とし、2chを中心に愛されてきたAAキャラクター、モナーであることを明示させて頂きます。』とでもすれば、多分問題ははるかに小さかったことだろう。
 確かに実体の分からないコミュニティに対して頭を下げるというのは難しいことだろうとは思う。だが、著作権なき存在といえどもコミュニティに根ざしたキャラクターを使おうとするなら、そのコミュニティに対して「お借りする」という姿勢と礼儀を見せることは必要なのではないかと思う。特に匿名掲示板で作品を残すということは、苦労に対して得られる代償は金ではなく、名誉と賞賛だ。それを踏みにじって得られるものは、最大300万人の敵と、徹底した批判とブーイングだということを、AVEXは心に刻む必要があると思う。



2005/10/03のblog 三方一両損ではつまらない より引用

現状では「のまネコ」の商標登録に法的な問題はなく、誰も損をしない。商慣習と庶民感覚のズレが今回図らずも浮き彫りになりましたが、私は高々300万人のコミュニティの感情論よりも社会全体の利益増大を目指すべきだと思う。

 今回の「のまネコ」の件においては、果たして「300万人のコミュニティの感情論」を無視することが利益につながるのだろうか。ひとつにこれらのグッズは、主要コミュニティが主要な購買層となるが、その主要コミュニティの反発を買うということは、直接利益減少につながるのではないかと思うのだ。確かに徳保隆夫氏が挙げている、発祥コミュニティの毒男板の反対を押し切り、ニッチの穴を突いて大ブレイクしてしまった「電車男」という例もあるから、必ずしも失敗するとも限らない。ただ、俺様の記憶では確か「電車男」は2chの神であるひろゆき氏の公認があるはずだし、毒男VIPPERではその実行力も影響力も桁違いという差異は考慮する必要があると思うのだが。


 それと、「高々300万人のコミュニティ」というが、その1%の3万人でもある一方向に動き出せば、つられてかなり大きな人数が動き出すことは分かると思う。AVEXが行っているような音楽や映像というコンテンツ商売であれば、3万人を味方につけるか敵に廻すかで状況は大きく異なってくるだろう。
 大量の2chコミュニティ住人を敵に廻すということは、抗議メールや抗議FAX、手紙などの具体的手段で対象企業に直接抗議が行くということである。3万人のさらに1%である300人でも、これだけの抗議メールやFAXが集まるというのは尋常ではないことだ。実際そういう合法的な批判行動が、不特定多数から、短時間のうちに集中的に行われるのだ。しかも誰が制御するでも、誰が中心となるわけでもない。そのベクトルを示すものはいるが、実際に動くのは大量の匿名の個人なのだ。ただ漠然としたベクトルをもつ不特定多数の集団が存在し、それぞれの個人がひっきりなしに抗議メールを送ってくる。過去の罪状や穴だらけの対応は全部洗い出され、掲示板やblogに即座に晒され、共有されるのである。
 発端が分からない、つかみ所がない、抗議集団の実体が分からない、規模が分からない、その割には隙がない。そんな集団が短時間のうちに広範囲に形成されるのである。2chなど匿名掲示板コミュニティの住民を怒らせた時の「攻撃」の、本質的な恐怖はそういうところにある。ある集団の気分を害するようなことを発端として、それは起こってしまうのである。

私は法運用の実態と経済的利益を重視します。多様な価値観を認める社会において、価値対立を裁き秩序を実現するためには、立法機関で多数派を構成して法を定め、多数派の常識に沿って運用する他ない。

法外の判断には原則として反対。法がおかしいなら、法を改正するべきです。

 出来る限りのことは法で判断されるべき、ということだろうか。その考えと立場は重視するし、そういう立場に立つ人が必要だということも俺様は理解する。それが俺様の意見と相容れないものであっても、だ。
 ただ、俺様はネットキャラという観点から著作権を見ているが、法がそのシステムとしてサポートし得ないものは存在する。その性質上、多くの人の手を経て形成されるネットキャラクターの著作権などもそうだ。上にも書いているが、そのような著作物を保護するシステムを、著作権法その他の法律は定義し得ないのだ。著作権法2chねらーやぁゃιぃわーるどの住人にモナーモララー著作権を与えてくれるわけではない。Meたんや2Kたんの著作権を「」に与えてくれるわけでもない。不特定多数の集団が何らかの法的権利を持つことを、法のシステムが規定し得ないのだから。
 AAキャラをはじめとしたネットキャラというものが半ばパブリックなまま、明確な制限が存在しないまま共有されるのは、そのコミュニティに広く知れ渡ってほしい・使ってほしいから、そして、そのキャラクターの自由な発展を望むからだ。たとえそれを保護するシステムがなかったとしても、実益がなかったとしても、彼らが、彼女らが、俺様らがそれを行うのは、そこに名誉と賞賛と、エンジョイ&エキサイティングがあるからだ。なんの努力をしたわけでもない、どこの馬の骨だか分からない余所者を儲けさせるために共有させているのではない。知らない場所に持ち出されて少しだけ改変され、「これは我々のオリジナルです」と言うことは許されることなのだろうか。
 それを許さないと法律に書くことができるのだろうか。それとも、法に規定がないからという理由で諦めなければならないのだろうか。そのどちらをも許さないから、俺様らはNoと言うのである。著作権法でも刑法でもなく、憲法第二十一条に規定された、言論の自由によって。


 と…う、長っ。最後のほうはちと眠くなってるので、文章の意味が通らなくなってるかもしれん。
 最後になるが、意見をお借りしたjo_30氏、徳保隆夫氏に感謝する。また、これだけ長い文章で申し訳ない。



追記 2005/10/09 20:24
モナーモララーVIPPERはおろか…の部分、モララー2ch産と後で知ったので訂正。

*1:これがモナーモララーの立場でかなり重要だが、けろけろけろっぴ裁判?ともいうべきもの(http://www.u-pat.com/d-16.html)がある。これから見るに、「わた」氏のキャラを「AAとは別のもの」と看做すことは可能だと思う。

*2:結果論から言うと、これを元に「わた」氏が「モナーを売った」と言う事は確かに可能だ

*3:FLASHなどでも良い。とにかく絵として、これが元だと十分に主張できる程度に似ている必要がある。とはいえモナーだし、絶対ある気はするが。

*4:商標の考え方からすると、あのマークはさすがに「浜崎あゆみのAマークと混同する」と判断されるように思う。されないのかな?その辺も狙ってのことかもしれないが。浜崎あゆみのAマークに関しては商標登録されているから…って、されてるよな?!

*5:何度も言うが、どちらも発祥はぁゃιぃ(ry

*6:ではモナー2ch発祥と言われたぁゃιぃはどうなのだろうか、結構悔しい思いをしているのではないかとふと思ったり。

キーワードの罠

 先日ちょっと「のまネコ」の一件について触れてみたのだが、そういやキーワードでこのblogに飛んでくる方が結構いるということを忘れていた。俺様のは文章がやたら長いわけで(昨日のもので24k、原稿用紙換算でざっと30枚程度)はてなキーワードに引っかかる数も多い。で、リンク元を見てみれば「のまネコ」他「のまネコ」事件関連と思われるキーワードからのリンクがやたら多いわけだ。というかほとんどだった。あ、いや、俺様が書いてるのはOS娘の話なんだが、飛んできた方はちゃんと読んでくれてるのか?いや長いし、複雑にリンクしてるし、読んでもさっぱり分からんと思うが…、と心配になってみたりするわけである。ましてやキーワードモバイルなどという文字を見ると…表示できるのか?いやまじで*1
 ちなみに、このblogで扱っている「電撃帝王によるOS娘漫画掲載問題」の概要は、こちらにある程度まとめてあるので、もし興味があればご参照頂きたい。要は、「ふたば☆ちゃんねる」の虹裏という場所で生まれた「OS娘(OSたん)」というネットキャラについての事件にまつわる話だ。今からおよそ半年前のことだ。OS娘に関する経緯の複雑さもあり、一般には非常に分かりにくい問題であると思うが…。


 俺様昨日、「のまネコ」の一件について書いてみたのだが、その後おとなり日記などをいくつかうろついてみた。俺様は昨日の時点で、友人から流れてくる噂と、ITmediaの記事ぐらいでしか情報を見ていなかったのだが、なるほど他の情報も追ってみると、結構複雑な経緯があったのだなと思う。昨日、このように書いたのだが

 「のまネコ」の件については、特に後者で面白半分のAVEX叩きの側面を持っていて、結果としてAVEXに頭を下げさせたという結果を生んだと俺様は考えている。これは実際には集団の批判の力でそうなったわけだが、批判している一人一人としては自分たちの「叩き」の結果、AVEXVIPPERに対して頭を下げたことになるわけだ。つまりVIPPERの勝利であり、AVEXという巨大?企業の「陰謀」を「叩き潰した」のである。これは「叩き」の醍醐味に違いない。


 はっきりいって怒られそうな話だなこりゃ、と思ったわけだ*2。いや、面白半分な側面は常に存在するだろうということは相変わらず否定しない。しかし、その前にどうもAVEXの言動に対する鬱積があったようだから、尚のことこれは「あーこりゃ、必然の結果だよなぁ」と思う次第なのである。
 また事件の経緯を簡単に追って、OS娘漫画掲載問題と問題の根がよく似てるよなぁ…と思ったのである。もちろん問題の現出の仕方や対応など、表立った面はかなり異なる。だが、

ただこれは、感情的に見て必然的に発生しうるもので、企業の側が気をつけなければいけない部分だと思う。ネットキャラを発祥コミュニティに無断で商売に使用するなど、そのキャラに影響力のある集団の感情を害するような行動を取れば、このような批判的行動が当然に発生しうるわけだ。現在のインターネットの影響力のひとつはそのようなもので、それをまず念頭に置かなければならないということだ。

 逆に言うと、作者や著作権が曖昧にならざるを得ないネットキャラ一般において、企業などによる横取り的な行動に出られた場合、こういう行動でなければ発祥コミュニティの「意思」を主張できないということも確かである。こういった点は、「電撃帝王のOS娘漫画掲載問題」と根が同じだといえるだろう。


といった部分は根本的には何も変わらないのだろうと思う。


 この問題について、他blogの意見なども参考にしながらもう少し考えてみたい。とはいえ、あんまり多くを参考にしているわけでもないのだが。

*1:俺様が試したときは1/5とか出てきた。

*2:その他にもこりゃちょっとやべーなという表現があることは認識しており、やばかったら全力でorzする心の覚悟完了である。

問題点2 〜掲載に至るまでの手続きと根回しに関する問題

 前回挙げた問題点、「そもそも何をしたかったのか?」は、どちらかいうとネットキャラの商用利用の問題を含めたグローバルな点について述べたもので、個別の問題に触れたものではない。ここからは、本件の個別の問題点について述べたいと思う。
 表題では「手続き」となっているが、これは「掲載許可を取る上でのプロセス」を指す。掲載において関係者の同意を取るというプロセスがあるが、それに不備はなかったかということをここでは問題にしていく。本項においては、

    • 4人の描きあき氏に許可を取る上での問題がなかったか。
    • 許可を取った後のフォローについて問題がなかったか。
    • そもそも、「」を中心としたOS娘コミュニティにお伺いを立てる必要はなかったのか。

 といった問題を中心に論を進めたい。


  • 「きちんとした前例」というが…?

 前回挙げているのだが、石黒直樹*1が「歯車党日記」で「とらぶる・ういんどうず」の掲載を発表した時に「ネットキャラクターの商業利用における、きちんとした前例を作っておきたかった」という発言をしている。しかし関係者の話などを総合するに、片方の当事者である生みの親のコミュニティ、「」に対して「守秘義務」を盾に意図的に許可を取っていないどころか、もう片方の当事者であり事実上の著作者とされる各描きあき氏に対してもかなり杜撰な対応だったように見受けられる。そうでありながら、


石黒直樹氏 歯車党日記 05/04/08 16:51 電撃帝王VOL.5にて『とらぶるういんどうず』コミック化します より一部引用

・生みの親の絵師あきに、こちらが権利などを主張するものではない「OSたんの二次創作としてコミックを掲載」という企画意図を説明して許可を得る
・タイトルロゴやストーリープロットを事前にチェックしてもらい、オリジナルのイメージを損ねない内容とする。
・正式発表の目処がたった時点でふたば☆ちゃんねる管理人氏に企画について説明と報告

とか、

上記のようなことを仕掛ける会社は「相手は個人のアマチュアだからたいした問題にはならない」とタカをくくって、最初から強行突破を計るつもりでいる場合がほとんどです。OSたんに関しても、昨年の夏〜秋あたりにその手の不穏な噂を業界筋で聞いていましたし。

とか、

 ぶっちゃけ、こちらがこうして筋を通して企画を動かしたからと言って、非常識な輩がそれに従うかどうかはわかりません。でも、何もしないで文句を言っているだけよりはマシだし、今後同じような問題が起きそうになった時、個人著作者が異を唱えるための一例になれば多少の抑止力にはなるんじゃないでしょうか。

とか書いているのである。俺様も自分を棚に上げることはないとは言わないが、しかしこれはどうよと言いたくなる。きちんとと言う割にはまたずいぶんな筋だな、その筋には毛でも生えているのか*2と。そのあたりの詳細に、これから突っ込んでくのである。


  • 4人の描きあき氏に許可を取る上での問題がなかったか?

 歯車党日記コメントスレッドなどによれば、95、Me、2K、XPそれぞれの事実上の著作権者とされる4人の描きあき氏に許可をとったとされる。確かにいくつかの情報を総合するに許可そのものは取ってはいるらしいのだが、その過程にはかなり疑問がある。もちろん断片的な情報しかないので、いったいどのようなやりとりがあったかは分からない。しかし断片的な情報を総合するに、少なくとも上記で石黒直樹氏が言った「企画意図を説明して許可を得る」という説明にはかなりの疑問が生じる。
 時系列については「2004/10頃 メディアワークスが?影山氏を通して各OS娘描きあき氏に連絡。 」「2005/02? 石黒直樹氏が、各描きあき氏4人にプロットを提示?」あたりを参照してほしい。これらの資料から読み取れる内容としては、

    • 石黒直樹氏が直接連絡を取ったのはMeあき氏のみ。
    • 2Kあき氏、XPあき氏、汁あき氏(=95描きあき)については、影山氏が「簡単なメール」または電話で許可を取った。
    • 「具体的な企画書と契約面での条件提示」(石黒直樹氏記述)に対して、「10月に石黒氏からメールで印税の話があり」「各作者さんに確認したところ辞退されましたので、これはその時に口頭で石黒氏にお断りして」(影山氏記述)いる。
    • 2月頃、影山氏は石黒直樹氏から送られてきた漫画のプロットを、各描きあき氏に転送している。この際、汁あき氏にはこのメールは届かなかった。(影山氏のミスとされる)

 影山氏の発言などから、確かに「企画意図を説明し、許可を取」ってはいるらしい(影山氏発言「私がOSマンガの企画内容を、メールあるいは電話で各人に説明し利用許可をもらいました。」)ことは言える。ただし「影山氏が」である。後に汁あき氏が石黒直樹氏の名前すら知らない旨の発言をしたらしいということ他から見るに、この時点ではメディアワークスの名前(肩書き)は認識していたとしても、石黒直樹氏の名前は出てきていなかったのではないかと俺様は推測する。これを影山氏のミスだと言う向きもあろうが、影山氏はこれをメディアワークスとしての企画・仲介依頼だと認識していたわけだから、無理があろう。細かい点ではあるが、説明したのはあくまで「メディアワークスの依頼を受けた」影山氏であり、石黒直樹氏が説明したわけではないのである。さらにはこの時点では、必ずしもメディアワークスの企画というわけではなかった(他社の雑誌も視野に入れていた)らしいのだが、このあたりも影山氏には伝わっていないという食い違いも生じている。
 10月頃の「具体的な企画書と契約面での条件提示」についてはこれだけの情報では具体的な状況が見えてこないが、少なくともこれも影山氏が各描きあき氏に「確認」しているらしいことが分かっている。ここでも疑問なのだが、掲載誌が決まっていない段階でどうして「契約面での条件提示」ができたのだろうか。掲載誌の分からない契約条件とは何なのだろうか。これも些細だが不可解だ。確かに漫画業界では代原などの絡みもあり、そういうことが曖昧なまま進められる事があるとは聞くが…。
 もともとの大きな疑問だが、なぜ石黒直樹氏は自ら直接、各描きあき氏に連絡を取らなかったのだろうか。この後もいくつか連絡の不備は起こっているのだが、これらは石黒直樹氏が直接連絡を取り、連絡のレスポンスを確認していれば起こらなかった筈のことだ。この辺は俺様にとって非常に不可解な点だ。俺様が同人作家に仕事をお願いする場合には、トラブルを避ける意味でもかなり細かく意図などを説明しているだけに、これを「きちんと」と表現することにはかなり疑問を感じる。もちろん「きちんと」の基準は人それぞれだが、「そのまま忘れてたら決定みたいな事になっていて」と言われたり、「汁あきにいたっては石黒って誰?状態だしな…」とか言われるのは、果たしてどうなのか。いや確かに、「企画意図を説明し、許可を取」ったと言えなくはない、言えなくはないのだが…。


  • 許可を取った後のフォローについて問題がなかったか?

 もう上で半分以上言っているが、これも果たしてどうなのか。というか、石黒直樹氏が直接フォロー?しているのはMeあき氏だけであって、他の三描きあきにはそもそも直接の接触を行っていない。だから無論、フォローも石黒直樹氏本人が行ったわけではない。
 直接連絡を取っていたとされるMeあき氏にしても「そのまま忘れてたら決定みたいな事になっていて」ということだし、汁あき氏に至っては(真偽の程はともかく)「石黒って誰?状態」とのことだ。汁あき氏については、最初の許可の段階と、おそらく10月頃にあったとされる契約?の話(これも印税がどうのという簡単な話、つまりは「メディアワークスさんが単行本になったら印税出しますという話ですけどどうします?」「別にいいです」的なものではなかったかと俺様勝手に推測しているのだが)以降は、結果として何も受け取っていないのではないかと、資料から推測される。
 本来なら石黒直樹氏は、4人の描きあき氏に連絡を取る上で、それぞれの描きあき氏に「許可を取る」「企画書・契約条件の提示」「プロットを提示する」「完成原稿のコピーを送付する」という4つのフェーズで連絡を取らなければならなかったはずだ。少なくとも石黒直樹氏はそのつもりだった筈だ。しかしこの4フェーズがきちんと行われたのは、石黒直樹氏が直接連絡を取っていたMeあき氏だけだった。あとの3氏には石黒直樹氏のミスにより届かなかったことは本人が言っている。2Kあき氏、XPあき氏はプロットまで、汁あき氏は契約条件までだ。それも、どんな手段で、どのような内容が提示されたのかは資料からは分からない。もちろんこれは、石黒直樹氏の言うところの「守秘義務」にあたるのだろうし、おそらく石黒直樹氏的に見て一方的な勝手検証を行っている俺様などが知りうるよう、それを開示する義務など皆無というわけだ。*3
 どちらにせよ、このような状況で「きちんと」と言えるのだろうか。俺様の目には、資料などからずいぶんと杜撰であったと判断するし、問題スレや歯車党日記コメントスレッドで問題になった理由のひとつも、多くの人がそう判断したからだろう。これが「きちんと」したものなのか、そのあたり石黒直樹氏に問うてみたい所である。


  • 「」を中心としたOS娘コミュニティにお伺いを立てる必要はなかったのか?

 4人の描きあき氏に対するものとは全く別に、虹裏住人を中心としたOS娘コミュニティに対して何ら許可に類するものを取っていないということがある。これは「守秘義務」を盾に半ば意図的に行われ、「」やOS娘コミュニティ側は4/4になってはじめて掲載の予定であることを知ったのである。これは結果として「OS娘コミュニティ」という実質的な生みの親のコミュニティに無断で企画を推し進めたことになる。4人の描きあき氏に対しての手続きの問題とは比較にならないぐらい大きな、暴言問題と並ぶこの事件の最大の争点となった。
 ただ、「電撃帝王でとらぶる・ういんどうずを掲載する」ということ自体は、最初は石黒直樹氏の名前が出ていなかったこと、ネタ具掲示板での影山氏の発表だということもあってか、そこまで大きな問題ではなかったように思う。(俺様が忙しくてノーチェックだったということもあるかもしれないが。)急速に問題が拡大したのは最初に掲載が発表されてから4日後の4/8 石黒直樹氏が自blogの歯車党日記で発表してからである。それには理由があるが、「暴言」に関わる問題として後述したい。


 石黒直樹氏がこの企画を秘密裏に進めてきた理由は当然あろう。確かに、これらの企画は先にやったもん勝ち等の理由から、具体的な内容が伏せられて進められることが多い。企画そのものすら秘密のことも多々ある。企画がなかなかまとまらないということであれば尚のことだろう。事実上の著作権者である4人の描きあき氏と、仲介に立った影山氏だけに話が廻ったのもそういう理由であろう。
 しかしOS娘に関してはそれでは大きな問題がある。確かに4人の描きあき氏は95・Me・2K・XPのメジャーデザインを表現した絵師であり、仮にだが事実上の著作権者だとされている。しかし、実質的なOS娘の作者、OS娘の世界観の作者はこの4人に限らず、4人を含んだ漠然とした集団である「としあき」を実質的な作者とみなすべき、という考えがOS娘コミュニティや虹裏住人「」の間にある。これについてはOS娘はどうやって生まれたのかに詳しく論じたので、そちらを参照してほしい。絵師やレスしたとしあき(「」)の全ての影響を指して、としあき(「」)全体がOS娘の生みの親だとするわけである。
 「(事実上の)著作権者である(とされる)4人の描きあき氏に許可を取っている以上、掲載の権利はきちんとクリアしているではないか。としあき達がそれに反論する権利はないのではないか。」という意見はあろう。しかし、まず4人の描きあき氏が事実上の著作権者であるという考え方は、ネットランナー等に対する防衛という経緯があっての紳士協定のようなもので、これを疑問とする考えもある。また、4人の描きあき氏に許可を取ることが、著作権の上で掲載を認められるという必要十分条件なのかという疑問がある。仮に著作権の観点からクリアとなったとしても、感情面・思想面でクリアになったわけではない。本当の意味での作者、本当の意味での生みの親は、著作権埒外に存在するのである。このあたりの配慮は全く行われていないどころか、結果として逆なですることになったのである。著作権的にはクリアであることと、実質的な生みの親のコミュニティが感情面からそれを認めることは、また別の問題なのだ。
 例えばこういうことだ。親の事を散々馬鹿にしそれを顧みない婿候補に対し、親が「お前などに娘はやれん」ということは倫理的に当然許されることだ。結婚の権利は娘(嫁)と婿にあり、親が直接に制限する権利はない。だが、それに親がNoという権利は当然にあるわけだ。それが結婚の権利の上では、何の力を持たないとしても、だ。
 例では親がNoと言っているが、実のところOS娘コミュニティの総意がどうだったかということは明確にはわからない。ただ、多くの「」がこれを問題視し、問題を提起し、直接・間接的行動でかなりの反論を為したこと、石黒直樹氏の言動を擁護したのは歯車党日記コメントスレッドですら極わずかだったことは事実だ。全体から見てそれがどのような割合を為すのかは分からない。もしかしたら全体のなかの一部勢力だったのかもしれない。しかし、俺様にはそうは思えないのである。


 そしてこのことは、本項の最初で述べた「のまネコ」事件と同様の問題を抱えることになる。結局これだけ大騒ぎになった理由のひとつは、OS娘の実質的な生みの親であり、大きな影響力を持つ「OS娘コミュニティ」及び集団としての「」に対し、感情面においてOS娘を「借りる」ことについて同意を取らなかった点だ。それゆえ、結果として「無断使用」とみなされ、問題点のひとつとされたわけだ。もちろん、「お伺い」を立てるということは、広く「」に企画の内容を公開するということだ。秘密裏に企画を進めることは当然にできなくなる。それでも、実質的な生みの親の(感情面での)同意を得るためには必要なことなのだから、そうすべきではなかったのだろうか。到底同意が得られそうにないような企画だったということなのか?それとも、「そんなもの」がどうでもいいぐらい、秘密主義の方が大切だったのだろうか。石黒直樹氏は殊更に「守秘義務」という言葉を使うが、この手の企画で最初からオープンにするということも別にできないことではないはずだ。読者公募企画などと同様の考え方に立てば、別に守秘義務を盾にする必要はあるまいに、と思うのである。
 この「感情面」という問題は、「暴言」問題でさらに大きくなるのだが、この詳細については次の項に送りたい。


 ここからは俺様の所感になるが、事件から半年近くが経った今、事件の全体を俯瞰した上で歯車党日記(ただし現在は参照できない部分)を読み返してみて思うことがある。石黒直樹氏は「各OS娘の作者さん」や「生みの親の絵師あき」といった表現を何回かしている。後から考えると、これは4人の描きあき氏に限定した表現だったのではないかと思うのである。今歯車党日記の内容が参照できないのでこれを読んでいる諸氏には検証頂けないのだが*4、少なくとも歯車党日記の4日分の記事から、「」やとしあきといった「OS娘コミュニティ全体」や「虹裏住人全体」についてどの程度考慮していたか、実質的な生みの親とすべきだという考慮が読み取りづらいのである。
 確かに、石黒直樹氏 歯車党日記 05/04/12 20:13 『とらぶるういんどうず』コミック化に関する詳細事情について には、

 OS娘に大なり小なり関わっていた「」の意見が聞ける、クローズドな掲示板などを作るという手段を使うことも考えましたが、アクセス権を与える際にどうやってOS娘に関係した「」だと判別するのかという問題が出てきます。さらに上記の守秘義務を守っていただくことを考えると、どうしても個人認証が必要となり、匿名による活動がデフォルトの「」にそれを要求するのは難しいのではないかという結論となり、事前の意見募集は断念することとなりました。
 そして、昨年夏以降の二次裏を見ているとOS娘ネタを排除する一部勢力が活発に動いている様子も見受けられたため、果たして意見募集をしても有効なのかという危惧がありました。上記のように個人を見分けられないため、アンチOS娘の「」がファンを装って場をかき回すという可能性もありましたので。


という記述はある。しかし、それ以外では「」が出てくる様子が見えないのである。何より、石黒直樹氏が「迷惑をかけた」と感じているなら、その「迷惑」を一番被ったのは誰なのだろうか。個人としては影山氏や4人の描きあき氏だろうが、それだけだろうか。集団として一番迷惑を被ったのは「」を中心に形成された「OS娘コミュニティ」であるはずだ。にも関わらず、「」やOS娘コミュニティを直接指して謝罪しているようには、少なくとも俺様の目からは読み取れなかった。事件発生から半年以上、今に至るまで、俺様が収集できた石黒直樹氏の発言を全部読み返しても、だ。
 もちろんこれ自体も問題だが、このことが示唆している問題がさらにもうひとつある。OS娘の真の生みの親は「としあき」という集団であって、一人の手によって作られたものでも育てられたものでもない、こういう認識が石黒直樹氏から根底から抜けていたか、又は敢えて無視したのではないか、ということだ。石黒直樹氏が作者として見ていたのは4人の描きあき、ではそれ以外の関係者は、石黒直樹氏の目にはどう写っていたのであろうか。4人の描きあき以外は、生みの親ではなかったのであろうか。
 このあたり、「虹裏のヘビーユーザ」を自称するのであればOS娘の何たるかが分かってて不思議はないのに、なせこうも杜撰な結果になったのかが不可解だ。これを理解するためのシナリオは俺様の頭のなかにひとつ存在する。が、言うと問題になる種類のものなので、永久に書くことはないだろう。



 相変わらず長いが、ここで一旦切ろう。
 次は石黒直樹氏の「暴言」問題について書こうと思う。

*1:どうも別のPNに変えたらしいのだが、本項では発生当時のPNである「石黒直樹」を使用する。

*2:深い意味はあるが、深淵過ぎるので追求しないこと。つまりは「それをorzしてしまうなんてとんでもない」ということである。

*3:逆の立場に立てば俺様だって隠すだろうから、これに関しては正直人の事は言えないことを申し添えておく。

*4:実を言うと、よく探すとまだアーカイブの形で残っているらしいのだが、これも石黒直樹氏が意図したものかは分からないため、俺様がこれに直接触れることはできない。

「のまネコ」vs「のまタコ」VIPPERの場合…?

 ここを読んでいる方はだいたいこの事件は知っていると思うが、O-Zoneの日本盤「DISCO-ZONE〜恋のマイアヒ〜」で、日本盤特別収録のFLASH映像「恋のマイアヒ〜ねこねこ空耳 恋ver.」について、これに出てくるキャラクターをAVEX系の有限会社Zenが「のまネコ」として商標登録したことに端を発する。どこでどう騒動になったかの詳細は知らないが、おそらく2chVIP板を中心に大騒ぎになり、VIPサイドから「のまタコ」の商標登録に関する公開質問状、そしてZenの商標登録取り下げと続く。
 俺様もITmediaぐらいでしかきちんとした情報は追っていないのだが、とにかくそういうことらしい。記事掲載順にリンクしてみる。


 2005/09/09 18:24 「のまネコ」は「モナー」? ネットで騒動に
 2005/09/25 18:48 「のまタコ」キャラ展開? ひろゆき氏、エイベックスに公開質問状
 2005/09/30 16:40 エイベックスが「のまネコ」Flash収録を中止へ 商標登録も中止依頼
 2005/10/03 20:19 「のまネコ」図形商標出願を取り下げ


 これと関連した事件としては、タカラの「ギコ猫」商標登録事件がある。これも商標登録を取り下げるという形で一応決着している。


 2002年6月3日 14:16 「ギコ猫」、タカラが商標登録を出願
 2002年6月3日 15:36 タカラ、「ギコ猫」商標出願を取り下げ 「ユーザーにお詫びしたい」
 2002年6月3日 22:35 「ギコ猫」騒動、タカラが軽率だったこと


 どちらの事件にせよ、特に「のまネコ」の件について俺様が思うのは、2chネラー(VIPPER?)怒らせたあんたら(AVEX/Zenとタカラ)が悪いよ、ということである。特に「のまネコ」の件については、ギコ猫の一件があった以上こういう事態になるとは予想できなかったのか?と言いたかったりする。さすがに「のまタコ」という返し方をすることまでは予想外で、これはなかなか面白い(興味深い)、ある意味VIPPERらしい手段だと思ったのだが。
 元々俺様、2chなどの巨大匿名掲示板を指して「日本最大のサイバーテロ集団」と表現することがある。ああ、こういう言い方をすると非常に悪いように聞こえるが、2chネラー等が犯罪者だと言いたいわけではない。例えば今回の件などを指して、「VIPPERを怒らせるような事をするAVEXが悪い、そのような行動は、日本最大のサイバーテロ集団を敵に廻したようなものだ」といった用法をする。つまりは、巨大匿名掲示板を敵に廻すような行動を取ることは、結果としてサイバーテロ組織を敵にするのと同様以上の被害を生みますよ、そういう事にならないよう慎重に行動する必要がありますよ、という警句として使うのである。*1
 ついでに言えば、一人一人が個々人として具体的行動に出ることはないのに、不特定多数の匿名集団という形になると攻撃的・批判的な行動に出る、「祭り」の一言で「みんなでやれば怖くない」的な発想が生じる、「みんなでやれば怖くない」を「される側」になったときどれだけ怖いか分かりますよね?という意味も裏にはある。これは説明しないと分かってもらえないが。


 これらの事件が語ることは、モナーギコ猫などといった、著作権の主張のしようがなく、ネット上で半ばパブリック化しつつあるAAなどであっても、企業などが無断で権利を主張しようとすればあっという間に叩かれるということである。上述のITmedia中の記事にもあるが、「ネット上でみんなで育ててきたキャラクターを改変し、独占的に金儲けに使うのは納得できない」という論調を主としている。ギコ猫の件はともかく、「のまネコ」はこれが商標登録されたからといってモナーには何の影響もないはずだ。にも関わらずここまで批判を受け、「のまタコ」というカウンターを食らい、結局商標出願を取り下げなければならなくなるのである。「のまネコ」の商品展開をしようと思っていたとしてもこれでは不可能だろうし(多分既に商品開発していたのだろうから、その分丸々損害だろう)、そもそもCDに収録されていたFLASHすら収録取りやめになる程の騒ぎになってしまったわけだ。AAキャラといえども甘く見ればこうなるといういい例である。
 要するに、AA産だろうがネットキャラを独占的に(あるいはそう見られる使い方で)商業で使おうとすればこのような批判が起こること、ネットキャラの独占的な商業利用は事実上困難であることを示している。同人レベルやあきば○〜等でつつましく売る分には構わないが、表立って大々的にやるのは非常に難しいということだと思う。これについては、ある面「電撃帝王のOS娘漫画掲載問題」に通じる面があると思う。


 ちなみにこれらの批判行動の中心に立ったのは2chVIP板、その住民であるVIPPERだが、彼らがなぜこのような行動に出るのだろうか。ひとつはモナーギコ猫などといったAAについて、2ch発祥*2で「我々2chネラーのものだ」という帰属意識が存在するのではないかということ、もうひとつは批判が手段ではなく目的になっているのではないか、ということである。
 「のまネコ」の件については、特に後者で面白半分のAVEX叩きの側面を持っていて、結果としてAVEXに頭を下げさせたという結果を生んだと俺様は考えている。これは実際には集団の批判の力でそうなったわけだが、批判している一人一人としては自分たちの「叩き」の結果、AVEXVIPPERに対して頭を下げたことになるわけだ。つまりVIPPERの勝利であり、AVEXという巨大?企業の「陰謀」を「叩き潰した」のである。これは「叩き」の醍醐味に違いない。


 VIPPER諸氏のこういう行動については、俺様は見てのとおり批判的な部分もある。ただこれは、感情的に見て必然的に発生しうるもので、企業の側が気をつけなければいけない部分だと思う。ネットキャラを発祥コミュニティに無断で商売に使用するなど、そのキャラに影響力のある集団の感情を害するような行動を取れば、このような批判的行動が当然に発生しうるわけだ。現在のインターネットの影響力のひとつはそのようなもので、それをまず念頭に置かなければならないということだ。
 逆に言うと、作者や著作権が曖昧にならざるを得ないネットキャラ一般において、企業などによる横取り的な行動に出られた場合、こういう行動でなければ発祥コミュニティの「意思」を主張できないということも確かである。こういった点は、「電撃帝王のOS娘漫画掲載問題」と根が同じだといえるだろう。


 さて、元の話に戻そう。
 2005/07/18の文章、「電撃帝王によるOS娘漫画掲載について考える2」からの続きである。

*1:俺様の知る限り、昔実際に田代砲やF5アタックなど、2chで祭りとなったために結果的にDDoS攻撃になったパターンもあったことも関係している。

*2:正しくは、ギコ猫モナーぁゃιぃわーるど発祥である

放置にも程がある

 と、約3ヶ月ぶりの更新である。本当は夏の有明大祭までにこの章は全部上げたかったのだが、夏祭りで忙しく、夏祭り後も忙しく…で、結局この時期である。なんだかすっかり風化した感があるが、せめてこの話だけでもきっちりと上げておきたいというのが正直なところだ。もし読んでくれている人がいれば、お付き合い頂ければ幸いだ。
 しかしなんだな、直接にこの話題に関係するわけではないが、「とらぶる!Meたん2」とやらは散々だったとか。そもそも参加サークルが片手で数えられる以下だということだったそうだから、その散々ぶりが目に浮かぶようだ。もともとイベント実行の経緯もあり、「」*1には受けがあまりよくないイベントであるらしかったのだが、ここまで数が少ないと、営業(サークル参加を募るための勧誘活動)すら全く行っていなかったのではないかと思う。一説には、石黒直樹氏とつながりのある「ある人物」が関連しているという噂もあったのだが、その真偽の程は全く不明だ。というか、そんなことが問題にならないぐらい、イベント自体が散々だったのではないかと思う。
 それ以外で気になったのでは、のまネコ事件というのがある。これはちょっとだけ突っ込んでみたい。

*1:本稿でも、虹裏コミュニティの住人を表すワードとして「」と「としあき」を使い分ける。時期的な差があるが、厳密ではない。

問題点1というか疑問点 〜そもそも何をしたかったのか?

  • 「前例を残」したかったというが…?

 「はじめに 概要などについて」でも言ったのだが、この事件の中核となる部分は2005/4/8頃〜5月上旬のほんの1ヶ月ぐらい、石黒直樹氏が「歯車党日記」でOS娘の漫画が掲載されるという話を出してからのことだ。問題のかなりが石黒直樹氏の4月8日以降の言動に関係するので、この1ヶ月程の間ばかりの発言が全てだと思いがちだ。特に、「この企画で何がしたかったか?」ということについては、4/8の日記にある


石黒直樹氏 歯車党日記 05/04/08 16:51 電撃帝王VOL.5にて『とらぶるういんどうず』コミック化します より一部引用

 ひとりの「としあき」としてOSたんのキャラや世界が好きだったからと言うのは当然のことですが、もうひとつの理由としては「ネットキャラクターの商業利用における、きちんとした前例を作っておきたかった」というのがあります。


 が全てだと思いがちだ。石黒直樹氏が歯車党日記でこうは言ってるものの、あまりにその「きちんとした前例」がお粗末であったことも批判の的のひとつになっているわけである。
 しかし、である。実際は、企画そのものは8月ぐらいから動いていたわけだ。もちろん掲載時期が決まらなかったこともあるが、少なくとも各描きあき氏には許可を取ろうと考えてはいたわけで、かなりの準備期間が必要なことは容易に伺える。その性質から穴埋めや代原*1ではなかったと考えられる。ネットキャラのひとつであるOS娘は、通常の作品と違い著作権も作者も必ずしも明確ではないし、虹裏コミュニティの心情的な部分からみても決して簡単に使えるキャラクターではない。それは石黒直樹氏が歯車党日記4/8の文章でネットランナーの事を暗に示唆していることから少しは理解していたはずだ。そして実際に、少なくとも各描きあき氏には連絡して許可をとろうとしたわけだ。とすると、石黒直樹氏もその時点からこれが他の企画に比べて面倒であることは理解していただろう。


 ではなぜ、石黒直樹氏はこのような面倒な企画を実行しようとしたのであろうか? OS娘という、虹裏コミュニティから生まれたネットキャラクターを電撃なんとか*2に出させて、何をしたかったのであろうか?
 果たして、純粋に上記に引用したように、自分(石黒直樹氏)がOS娘を好きだから、またネットキャラの商用利用の良い前例を作りたかったからやった、だけなのだろうか?このあたり、その後の杜撰な処理や発言、守秘義務を盾に秘密裏に計画を進めたやり口を見ても、俺様には疑問なのである。
 本当に純粋にそれだけだったのだろうか? メディアワークスお得意のメディアミックスを狙っていたのか? メディアワークスによるOS娘の商業媒体での発展の筋道を自分の手でつけようとしたのか? とりあえず手を出してみようという軽い考えだったのか? 広い支持層を想定して商業的にも成功すると考えていたのか? 話題性を狙ったのか?
 いくつかのシナリオは浮かぶ。既に「」や同人の一部にOS娘というのはある程度定着していることは分かっていたわけで、それを固定支持層と考え、OS娘を出すだけである程度の数字は堅い(=新たな購入者を増やすことができる)と考えたのかもしれない。難しい問題を抱えるネットキャラの中でもっとも広く支持されているOS娘を使うことで、話題性を得られると考えたのかもしれない。(事実、確かに一部で非常に大きな話題になった。ただそれが、だいたいマイナス方向に作用したわけだが…) また、商業化に成功すれば「(虹裏でのOS娘を基にした)二次創作である」「作者(各描きあき)の許可を取った」ことを逆に盾にして、「メディアワークスのOSたん」でさらに商業展開しようとしたのではないか、という考えも浮かぶ。
 これらは特に何か根拠があるわけではなく、俺様の勝手な憶測に過ぎない。情報は何もないし結果もあの通りなので、今後何かそれに答えを与える情報が出てくることもなかろう。だから実際に何を考えてこのような企画を立てたかは、歯車党日記に出ている以上のことはおそらく永久に分からないのだろう。


  • ターゲットはどこに?

 上に挙げたもの程ではないにせよ、少なくとも読者としてキャッチできるターゲットをある程度想定してこの企画を進めていたのではないかと思うのだが(それすらも考えずに企画を進めていたとしたら大したものだが)、それは果たしてどこにあったのだろうか。どの読者層がOS娘を求めていると考えたのだろうか。まさか石黒直樹氏の自己満足のためだけにやったわけではあるまい。(いや、ある意味ではその可能性も否定しないが…) また、OS娘のどこを萌えポイントとして捉え、どのようにOS娘をアピールするべきだと考えていたのだろうか。
 正直なところ、これは俺様にとって石黒直樹氏の企画意図以上に見えにくい部分だ。全くといっていいほど分からない。それでもこの「ターゲット」という問題について論じるのは、「ネットキャラクターの商用利用」において重要な「ユーザ層(=顧客層)」に大きく関わってくる問題だからである。OS娘について言える一般論的な考察、及び歯車党日記コメントスレッドやOS漫画問題議論スレなどで出た意見を参考に、俺様なりに考えてみたい。


  • OS娘が持つ「萌えポイント」

 …「萌えポイント」という言葉で表すのもなんだか俗っぽくてあまりよろしくない気がするのだが*3、今ひとつ他の言葉が思い浮かばないのでこう表現している。なんていうか、そのキャラクターがユーザ(そのキャラクターのファン)に対してアピールするポイントというか、ユーザがそのキャラクターに対して求めるポイントというか、さらに俗な言葉で言えば「商品価値」とでも言おうか。これらは当然人それぞれであって、細かい部分で論ずることは無意味である。ここで言うのはかなりグローバルな部分の話である。


 ひとつに、単純に「OSの擬人化キャラ」という性質がある。これは比較的ライトな性質だ。
 「OSの擬人化キャラ」というのは別に新しい概念ではなく、Mac-OSなどなら比較的前から様々な擬人化が行われていたように思うし、M$Windows系にしても吉崎観音氏の「OSアイドルWinちゃん」*4をはじめとし、様々な擬人化が行われてきた。OSではないがマザーボードなどは公式のキャラクターが存在するものもあるし、擬人化ではないがLinuxなどもペンギンなどの公式キャラクターが存在する。元々PCのハードやソフトウェアを作る人にはGeek*5な人たちが多く、言うことを聞かないPCやソフトウェア達が駄々っ子、つまり人間やキャラクターのように思える、又は思い込む、思い込みたくなるものらしい。また、コンピュータマニアの層とアニメファンやSFファンの層が比較的かぶるのも、Geek(オタク)が女の子との接触が薄い(苦手、もてない)として描かれるのも、インドア系ならぬクローズドア系つまり引きこもり系でコンピュータと共に生きる変人として描かれるのも(そういうステレオタイプとして描かれるという意味で、実際が一概にそうだという訳ではないのだが)、日本と欧米共通の傾向のように思われる。
 ともかく、コンピュータや要素の擬人化はそれほど珍しいことではなく、割と自然に発生しうる傾向が強いものであると俺様は考える。しかも俺様含めたマニアの割と共通した傾向として「ダメなものほど萌える(燃える)」のである。普通の人なら投げ出すようなものを工夫して使い倒す、これこそマニアの骨頂!…ということは、説明せずとも分かるだろう。後でもう少し詳しく述べるが、もともとカーネルの出来が悪く、すぐフリーズする駄目OSであるMeがあっという間に擬人化され定着してしまったことからも言えるし、他のOS娘も何かしら(人として)駄目な部分を持っており(Me以外は本来のOSの性質からかけ離れた部分が多いのだが)、それが重要な萌えポイントとされている。
 また、PCやOSというのはそれぞれのユーザにとって非常に身近なものだ。インターネットの窓であり、会社での仕事の多くをPC上でこなし、最近は絵を描くにもPC上で行われるわけだ。spamにうんざりし、意味不明な仕様に手間取り、バグで止まり、フリーズに苦しめられ、OSが動かなくなり1日かけて再インストール、そして突然のHDDクラッシュでデータを道連れにあの世逝き…その度にユーザは涙を流しながらCtrl+Alt+Delするわけである。今のPCというのは、人によっては特別なIT機器であり、情報の窓であり、ある意味人間以上のパートナーなわけだ。そういう部分から、PC及びOSというものに対する思い入れというものは割と強い傾向があると思う。
 虹裏でのOS娘の誕生、改訂及び発展も、そういう思い入れが原動力になったのだろう。また、虹裏であれだけいろいろな属性が与えられ、洗練されたのも、各OSユーザである「としあき(当時)」の思い入れが少しづつ積み重ねられた結果だろう。また多くの人、ふたば外のユーザからも割と広く受け入れられたのも、そういう思い入れがあってのことだろう。OS娘はどうやって生まれたのかでも書いたのだが、確かにOS娘という存在は虹裏というカオスの場所でないと生まれなかった、あるいは今の形には育たなかっただろう。ただ、それを受け入れる素地は広くPCユーザに存在していたのではないか。だからこそ、虹裏内でもふたば内でも、そして虹裏コミュニティやふたば外でも割と広く受け入れられたのだと思う。
 つまりは、もともと「OSの擬人化」そのものはそれなりに広いユーザ層、需要があったと考るわけである。ただ、単純に層があるからといって受け入れられるわけではない。それは吉崎観音氏の「OSアイドルWinちゃん」がそれほどまでには広く受け入れられていないという差がある。「広くユーザに受け入れられる」という点では、おそらく虹裏発祥の「OS娘」の方が「成功」しているであろう。(後者は元々それを想定していたわけではないので、「成功」と言えるかどうかは疑問なのだが。あと、吉崎観音氏のキャラも別にそこまでのシェアを想定したものではないだろう。) この差はいったい何なのであろうか。
 ひとつは、吉崎観音氏の「OSアイドルWinちゃん」に比べ、虹裏発祥の「OS娘」はキャラクターのデザインにOSそのもののとしあき的イメージを多く取り込んでいる点である。「OSアイドルWinちゃん」は吉崎観音氏のキャラクター性がまずベースになっており、OSそのものの性質を表現した部分は少ない。無論そうだろう。あくまでそれは「吉崎観音氏のキャラクター」であることも重要なポイントだからだ。そもそも各OSという概念がなく、ただ一人「Winちゃん」がいるだけで、それでは各OS独自の性質を反映したものにはならない。それに対して虹裏発祥の「OS娘」は多くのとしあき達の持つ「各OSのイメージ」を強く反映したものになっている。デザインを見ても、Meは緑色と!マーク、2kは青と眼鏡で堅めなイメージ、XP-Pro(SP2バージョン)は青でメモリが多く(胸が大きく)柔らかめ、95は和服で古風など、それぞれのOSのイメージを表現したものとなっている。これは、その場その場で多くのとしあき達の意見やネタをキャラクターに取り込んでいるからなのは言うまでもない。各OSの一般的なイメージというのはとしあき外であろうと大きく変わるものではないわけで、それで一般にも分かりやすいキャラクターとなり、広く受け入れられたのではないかと考えるわけだ。
 もうひとつは、いわゆる「毒」の部分である。古今東西マニアというものは「ダメなものほど萌える(燃える)」という話はさっきした通りである。そしてコンピュータマニア、特に古き良きハッカーと呼ばれる人たちはダメなものに対するパロディ、すなわち批判を暗喩の形で言葉にするのが大好きな傾向がある。OS娘もそのような「ダメな部分、批判的な部分」をキャラクターの行動やデザインに内包している。Meなどはその最たるもので、駄目っ娘の部分を強く前面に押し出したキャラクターとなっているわけである。いぬてぃもそうであって、WindowsNT4.0の、忠実だが馬鹿正直で融通の利かない面を「犬」に例えられているところもある。デザインもそうだが、キャラクターのイメージや虹裏内外での行動などにそれはもっと強く表れている。Meは当然すぐフリーズする、2kはそのフォローにまわるキャリアウーマンだがお堅く近づきにくく存在感が薄いイメージ、XPはリソース食い(=大食い)などである。また95は95姐さんとも呼ばれ、ちょうどMacとのシェア争いでWin側が大きく進展した時のOSという歴史的経緯から、MacOSの爆弾とよく戦っているようなイメージもある。もともとM$Windows系OSはM$プロプライエタリ*6なOSだということもあり、登録商標でもあるわけだ。そのため商業媒体でおおっぴらに使うにはちょっと勇気がいる。ましてや批判的なパロディを商業媒体でおおっぴらに表現するのはかなり勇気ある行動と言えるだろう。当然「OSアイドルWinちゃん」でそんなものを強く表現できるとも思えない。このあたりは虹裏の匿名掲示板としての性質上、ダメなものに対する批判と非難と暗喩とパロディは平気で出てくるし、それをネタとして遊んでしまう、取り込んでしまうのも虹裏としあきの性質だ。このあたりの経緯は、「OSたんファンブック」*7でもある程度説明されている。この「毒」、つまり批判的なパロディは商業媒体が持ち難い性質だと言える。虹裏発祥の「OS」娘はそういうダメな部分、批判的なパロディの部分も持ち合わせているからこそ、ダメなものに萌えるマニアの皆様方に受け入れられたと考えられるのである。
 考えてみると、ここ最近のネットキャラと言われるものはたいがい何かしら「毒気」を持っているように思う。「それ以外の何か」というか「伺か」というか、あれの「任意」とか「さくら」と呼ばれるキャラクターがいるが、これも一種のネットキャラだろう。で、このキャラは2ch流の毒気のこもったキャラだと俺様は認識している。もともとキャラ自体がペルソナウェアの春菜に対するカウンター的なもので(もともと偽春菜という名前だった訳だし)、そういう直接に批判的な部分をもともと持っている。「まゆら」も「任意」程ではないにせよゲーマー流の毒気を結構持っている。2chのAA産のキャラなどもほとんどそうで、フーン兄弟などは毒というか2chネラーの代弁者的なキャラクターでもあるわけだ。比較的和みキャラと言われるιぃなども、「ぁゃιぃ」から名前を貰っているはずだし、場所によってはやはりダークキャラとなる場合もある。これらのネットキャラの主な誕生地は2chやふたばなどの匿名掲示板であり、彼ら住人の批判的精神がパロディとなり、一種の代弁者として表現されることもあろう。この「毒気」というのもネットキャラの重要な持ち味なのだろう。


 もうひとつに、「虹裏コミュニティのキャラ」としての性質がある。こっちはディープな部分だ。
 もちろん虹裏キャラとして生まれている以上、他の虹裏キャラと同じく、虹裏ローカルの属性というものが多く与えられている。OS娘はどうやって生まれたのかでも書いているのだが、OS娘もご多分に漏れずネタとして転がされているうちに変なネタを吸収してしまうのである。その最たる例が、ほめ子即ちXPのHomeEditionバージョンと、WindowsCEだろう。
 ほめ子については、「ほめ子がどうしてもほも子にしか見えないんだ」というレスがついたことから、坂から転げ落ちるがごとく801の世界にどっぷりという属性が与えられてしまった。さらには見境なく○×○という妄想を繰り広げ、さらには童話の世界ですら801の世界にしてしまうというキャラになってしまったのである。これは時期を同じくして、通称「ほめ子さんの世界やおい童話シリーズ」と呼ばれる一連の童話パロディの秀逸な作品が投下されたことによる。そのシリーズの作者は「ほめ子」と自称したわけではないが、「お…おねえさんが」と言っていることから、同時期に出現したほめ子のショタ弟(であり受けキャラ)の「ほめ男」との関係を想起させるわけである。*8
 他方WindowsCEは、杖を持ってはいたもののOS自体がマイナーなこともあり存在感の薄いキャラだったのだが、ある時期から綿棒など細い棒を見つけては『これを「」さんの尿道にですねー』といって「」のディックの貞操を奪おうとする鬼畜キャラになってしまった。それと共に出現回数も飛躍的に上昇、日々「」のエレクチオン・ロッド*9を襲うキャラとしてのステータスを確立したのである。
 Meのネギについてもそうだ。Meというキャラだけしか知らない人が見れば、風邪をひいた「としあきさん」のケツにでも刺すものだと思うだろう。しかし虹裏的にはそういう使い方は多分ナシだ。もし「としあき」が風邪をひいたとして、「風邪の時にはケツにネギを刺すと良い」という話を聞いたMeは、多分自分のケツにネギを刺すだろう。いや、そもそもMeのネギの使い方はもっと別なはずだ。Lindows(現Linspire、出た当初、そのカラーリングから虹裏的にはネギを意識した擬人化がされた…が、それを同じ緑色だからとMeが引き継いだらしい)とネギチャンバラをするためか、としあきに「エムイーサマハステキデス」という催眠術をかけるか、俺様的には白タイツを持ったメリノ様とチャンバラが思い浮かぶ。とにかく、ネギは何らかの形で武器または振る、踊るための道具として与えられたものだ。
 ほめ子もCEもキャラや一部の行動だけ見ていてもなぜそういう属性なのかは分からない。Meのネギの話など、経緯と虹裏的な知識がないと全くどういう意味かすら分からないだろう。こういう部分は商業媒体に乗せても全く意味不明なのは間違いない。少しはOS娘というものを知っている人間でも、その意味は深くは分からない。それどころか、新たに虹裏コミュニティなどに来てある程度雰囲気が分かった人間であっても、その真の意味を理解するのにはちょっと時間がかかると思う。スレやレスなどでネタの意味を問うのも無粋だし、保管庫を聞けば「ぐぐれ」と言われるし、となるとある程度努力して探さないと理解するのは難しいだろう。
 そもそもOS娘は、割と広く理解されそうなネタのみならず、虹裏ローカルなネタも少しづつ積み重ねられている。根底的な部分にやはり虹裏キャラとしてのローカルな性質を持ち合わせているわけで、そういう部分は虹裏やOS娘の発展をある程度見てきた人間でないと理解は難しいだろう。
 これはネットキャラの一面として重要な部分だ。むろんこういう部分は商業媒体に持ってきたとしても非常に表現しづらい。また、同人誌などでこれらのローカルネタに根ざす部分を表現したとしたとしても、ローカルな基礎知識がなければ読者の側が理解できない。逆にそういうローカルなネタを知らないままOS娘を取り扱えば、根底にあるはずのローカルなネタの部分、歴史的に与えられてきた妙な属性、虹裏キャラとしての行動原理などは反映されない。とすると、「」から見てそのOS娘が取るべき行動を取らなかったり、取るべきでない行動を取ったりという表現が生まれるわけである。このような作品に対する「」の評価はおそらく冷酷なものだ。「何か違う」と。現に、そういう同人誌は存在するわけである。それを指して俺様はこのように表現したことがある。「虹裏キャラとしての魂が入っていない、何か違うキャラのように見える」と。
 これもまた、他のネットキャラもある程度は持っている部分だ。先ほど挙げた「任意」なども、偽春菜という名が示すとおり「ペルソナウェア」の「春菜」のカウンターキャラ的な性質を色濃く持っているわけだ。容姿は似ているのだが、素直で和みキャラ系であった「春菜」に比して、「任意」は言うことを聞かずすさみ系のキャラ、おそらくほぼ正反対の性格である。たぶんこれはカウンターキャラとして意図的なものだと思う。俺様の理解が正しいのなら、これはデスクトップキャラクターエージェントのシェルとしての「それ以外の何か」(現:伺か)の生まれた意図そのものに関わるはずだ。*10 確か最初の実装では「ペルソナウェア」の「春菜」と「それ以外の何か」の「偽春菜」を同時に立ち上げると、「偽春菜」はそれを検知し毒づくはずである。その後これらの事情は確か黒歴史として封印されたように思うが、ともかく根底にそういうものを持っている。フーン兄弟などは2chローカルのネタが分からないと彼らの性質は分からないと思う。もしコスプレなどでフーン兄弟を着たとして、2chネタが分からない人に彼らの行動を体現はできないだろう。多分ほとんどのネットキャラが、多かれ少なかれその発祥の地のローカルなネタや経緯を内包していると思う。


 この二つのポイントは、商業媒体でネットキャラを利用しようとする場合において、キャラクターの性質自体が一つのハードルとなることを示唆する。ネットキャラの持つ魅力の一つである「毒気」は商業媒体で表現するにはちょっと憚られる内容だ。それでもオリジナルであればまだ良いが、OS娘などはM$との絡みもある。確かに虹裏ならOKなのか?ということも問題ではあるが、オープンであってもユーザ間コミュニティでOSの批判的パロディを繰り広げているだけと考えれば、それを怒る事は大人気ないことだろう*11。しかしこれが商業媒体だった場合、例え訴えられないと理解していても、自主的にそのような批判的パロディ表現を憚ると思う。明確に批判的な意図で描くなら別だが、そういう目的でOS娘を使うことは普通ないだろう。ネットランナーなら分からんが…。
 もうひとつの「ローカルなネタ」についてはさらに難しい。根底的な部分や行動原理など直接表に出ない表現はある程度描けるだろうが、元あったコミュニティ独自のネタとなるとまず無理だ。そのコミュニティに属する人向けに描かれた本(例えば、ふたばオンリーに出すために作成した同人誌など)ならともかく、商業媒体でローカルなネタを描いても、読者はまずついていけない。逆にそのコミュニティに属するものからすれば、一般レベルに理解可能なまでに一般化されたものは、「薄い」ものと考えるだろう。
 つまりは、これらの基礎知識のない一般読者と、少しは知っているが深くはしらないミドルユーザと、そのコミュニティに属する所謂ヘビーユーザ、これら3層を満足させるような漫画を描くことは非常に難しいということである。そのネットキャラの性質をよく理解していなければその根本的性質を描くことはできない、ということはほぼ必然的に、そのコミュニティに属してそのキャラの発展の経緯を見て、しかもそのキャラが好きでなければきちんと理解はできないだろう。これはそのコミュニティのディープな住人であることを要求されるということだ。また、その「ディープな」ネタを、一般の読者にも理解できるレベルにまで「翻訳」する必要があるわけで、それは漫画家として高い能力が必要とされるだろう。で、そんな有能な漫画家がネット発祥のキャラクターを使って漫画を描こうなどとは考えにくいわけだ。
 石黒直樹氏はこう書いている。


石黒直樹氏 歯車党日記 05/04/08 16:51 電撃帝王VOL.5にて『とらぶるういんどうず』コミック化します より一部引用

なお、栗橋伸祐氏に執筆を依頼したのは「元ネタがちゃんとわかっている」「ふたばユーザーである(ちなみに模型板がメインとのこと)」「マンガの構成力がある(わかっていない人が多いのですが、同じ絵でも一枚絵のイラストをうまく描けることと、マンガをうまく描けることはまったく別のスキルなのです。『BSマンガ夜話』で、いしかわじゅん氏が語るマンガのうまさに異を唱える人が多いですが、そういった点での認識がずれている場合が多いですし)」という点からです。

 確かに栗橋伸祐氏の構成力がないとも思わないし、イラストをうまく描く能力と漫画をうまく描く能力が異なることも、俺様の同人としての経験から全く否定しない。だが、構成力のほかにもっと必要なものがあるのではないか。模型板住人だった栗橋伸祐氏がそれほどOS娘のことを深く理解していたとはあまり思えないのである。俺様観点での評価ではあるが、電撃帝王版「とらぶるういんどうず」でもそれは表れていたと思う。(それでも理解していないことが見えるながらも、一応漫画としての構成はきちんとしていた。面白いとは思わなかったが、栗橋伸祐氏なりの努力は感じたものだ。)また、栗橋伸祐氏の構成力が果たしてOS娘を表現するのに向いていたかも非常に疑問だ。それほど氏の作品を知らないが、他に氏を活かせるネタがあるだろう、なのに何故OS娘なのかと俺様は思うのである。


  • ヘビーユーザは「生み育ての親」

 だからといって全く商業媒体を前提として描くことができないというわけではないのだが、OS娘に関して言えばもう一つ大きなハードルがある。それはヘビーユーザ、つまりは虹裏コミュニティ住人・OSコミュニティの住人の多くが、潜在的な「OS娘の生み育ての親」だという事実だ。誰がOS娘を産んだのか?でも述べたとおり、OS娘の誕生及び発達には多くのとしあきが関わっている。絵師として直接OS娘を描いているとしあきだけでも少なくとも数十人はいる。その他ネタや場の発展に携わったとしあき潜在的な生みの親育ての親だという議論は前にした通りである。とすると、上述の「ヘビーユーザ」の中にかなりの数の、潜在的な「生みの親育ての親」がいるということだ。さらには、先に挙げた「ネットキャラを漫画化する場合の描き手」の候補として「そのキャラが好きでなければ」「そのコミュニティのディープな住人であること」という要件を書いた。OS娘に限って言えば、この要件を満たすような人物は「としあき」だし、しかも何らかの形でOS娘の作品を虹裏なりに投下していることだろう。つまり、絵師の有力な候補も「OS娘の潜在的な生みの親育ての親」なのである。
 虹裏コミュニティとは恐ろしい場所で、『なんだか見たことのある絵柄のような気がするとしあき』が結構いたりする。これには深くは言及はしないが、とにかく何気にレベルが高かったりする。メジャーバージョンのOS娘たちもそうした環境から生まれているわけで、その分「」がOS娘に求める潜在的な要求レベルも高い。おそらくこの「レベルの高さ」も、ふたば内外で広くOS娘が受け入れられた理由の一つではないかと思う。OS娘に求められるレベルが高いことは、OS娘を描いてきた絵師あき諸氏がおそらく非常によく理解している部分であろう。だとすれば、同人誌など比較的閉じたコミュニティに頒布されるものならともかく、商業媒体にまで自らの漫画を掲載しようとなれば、これは非常に勇気のいることだろう。
 また、OS娘は多くのとしあき(「」)の手によって生み育てられたキャラクター、いわば「」の娘たちである。「」たちがOS娘をどのように考えているか、それも以前書いた通りだ。商業利用そのものを嫌う傾向すら一部にある。そういう中で、「」に無断でOS娘を持ち出し、商業媒体に掲載しようなどとはなかなか考えないだろう。OS娘は「」みんなのもので、自分ひとりのものではないからだ。そんなことをすれば、「」から何を言われるか分かったものではない。
 このように、OS娘誕生と発展の経緯から見ても、商業媒体での利用というハードルは非常に高いように思える。もちろんこれは「」である絵師あき氏に執筆を依頼すればという前提ではあるが、そうであるべき理由もこれまで述べてきた通りだ。もっとも、ハードルを高く考えすぎているという考えもまた、あるのだが。


 石黒直樹氏は私立歯車高校で「二次元裏@ふたば 」の直接のリンクを貼り、「一時期、仕事に支障をきたすほどはまった掲示板(以下略)」というマウスオーバーコメントをつけている。他にも確か、虹裏のヘビーユーザであるような事を言っていたと思う。虹裏に対する直接リンクを貼ることの是非などの問題もあるのだが、ともかくある程度ヘビーユーザ(だった)という意識はあるはずだ。にも関わらず、これまで論じてきたようなことを石黒直樹氏が理解していたとは思えないのである。もちろん、絵師あき氏たちの事情などは推測もあるし難しい部分だと思う。そして、ある絵師あき氏に依頼し断られたことも確かだ。ただ少なくとも、「ヘビーな」虹裏ユーザであるはずの石黒直樹氏が、自分が編集として担当している栗橋伸祐氏に執筆を依頼し、少なくとも石黒直樹氏が満足できるような漫画が出来上がると考えたのだろうか? プロットを誰が書いたのかはわからないのだが(栗橋伸祐氏が書いたとするのが妥当だが、他の人例えば石黒直樹氏が書いた可能性もある)、ヘビーな虹裏ユーザであり編集である石黒直樹氏が、漫画の編集として専門家であるはずの石黒直樹氏が、果たしてこのプロットを見て満足な漫画になると考えたのであろうか? ほとんど知識のない一般ユーザ、あるいはヘビーユーザである「」達、彼らの支持を得られると考えたのだろうか。
 俺様には、このあたりが非常に疑問なのである。
 そして最初の疑問に戻るわけだ。「石黒直樹氏は一体何がしたかったのだろうか?」と。俺様的に2〜3のシナリオは考えられるのだが、どれも疑問点が残るのである。これらのことを深く考慮せず、楽天的に考えていたのだろうか…?


  • 結果はどうだったのか

 もちろん残念ながら、アンケートの結果などは分からないのではっきりしたことは言えない。ただ、2005/04/26 電撃帝王vol.5が発売で書いたとおり、虹裏での反応もほとんどなければbogでの反応も殆どなかったわけだ。実際にGoogleで探してみたが、掲載が決まったこと、連載が中止になったことに関する記事は見つけられても、漫画そのものに対する感想はほとんどなかった。ようやく2〜3のページを見つけたが、今ひとつといった内容だった。俺様の探し方が悪いとも考えられるのだが、実際反応自体がほとんどなかったという可能性の方が濃厚に思える。ちょうど尼崎の列車事故が起こった直後でその影響もあったろう。ただ、それにしたってもう少し反応があってもよさそうなものだが…。
 連載打ち切りが決まった今、アンケートの結果が発表されることもないだろう。ただ、結局どのユーザ層にもアピールできず、普通の漫画として終わってしまったのではないかと俺様は思うわけである。
 あれだけ問題になり不買運動まで起こり、しかも内容があの程度のものでは「ヘビーユーザ」である虹裏コミュニティやOS娘コミュニティの「」達はほとんど手を出さなかったのではないかと思う。またちょっと知っている程度のライトユーザが取り込めたかどうかは疑問だし、何も知らない一般読者から見れば、普通のOS擬人化漫画としか写らなかったのではないかと思うのだが、実際はどうなのだろうか。



  • 多くの人の手を経たネットキャラ、その商業利用の難しさ

 OS娘は誰のものなのかで書いたのだが、OS娘はこれまでのネットキャラの中で例のない規模のものであり、しかもその誕生と発展には多くの人の手を経ている。 多くの人の手を経るからこそ属性が洗練されたキャラクターとなり、多くの人に受け入れられたと考えられる。他方、虹裏という巨大なカオスの場で育てられた以上、ローカルな属性も取り込んできたわけだ。他のネットキャラも、適切な場で多くの人間の手を経れば経るほど、これまで論じてきたような問題点(ハードル)を抱えることになろう。2chのAA産キャラはいくつかの事情からOS娘とはちょっと異なり、同列に扱うことはできないみたいである。(ここで、フーン兄弟やιぃの漫画を、ひろゆき氏の許可のみを取って掲載した場合どうなるかという疑問がある。やったらどうなるかはちょっと想像できないが、案外すんなり通ったりするような気もする。これは俺様の論理と矛盾するように見えるのが、多くの人の手を経すぎて逆に特定のコミュニティに留まらない、2chの枠すら超えて半ばパブリックな存在になっているからというのが俺様の考えである。)
 もちろん権利関係や、生みの親となったコミュニティの感情的な問題もあり、これは子の次に論じることである。それ以前の根本的な問題として、ネットキャラを商業媒体で利用特に漫画化しようとする場合の直接の問題としてどのユーザ層にどのようにアピール(表現)するかをよく考える必要があるし、そのために作家の選定も非常に難しくなるということを、ここでは言いたかったのである。


 ではこのようなネットキャラの商業媒体での利用での成功例はあるのだろうか。まだ成功例とは確定できないが、OS娘での「とらぶる・うぃんどうず 〜OSたんファンブック〜」の例がある。またふたば発祥で他にもうひとつ参考となる例がある。「ユーザ層」と「作家」の観点のみに絞ってこの2例を紹介したい。


  • 宙出版 「とらぶる・うぃんどうず 〜OSたんファンブック〜」の例

 7/6ぐらいに出てからしばらく経つわけだが、成功といえるかどうかは俺様にはよく分からん。ただ、予約でかなりの部数が出たらしいということはどこかの筋から聞いている。
 「OSたんファンブック」の大きな差は、まず明確にターゲットを「ヘビーユーザ」つまり虹裏コミュニティ、OS娘コミュニティの住民に絞っていることにある。(それを明記すらしてある) またミドルユーザ、ライトユーザにもある程度理解できるよう詳細な説明を入れている。どちらにせよ、何らかの形でOS娘に興味のある人のみをターゲットとしているもので、OS娘自体を知らないユーザのために作られたものではない。作家層はといえば、OS娘のメジャーデザインの各描きあき氏4名をはじめ、虹裏や自作絵でOS娘を多く描いてきた絵師あき氏で固められている。(例外…もあるのだろうか?) これらの絵師あき氏らは、虹裏や自作絵板などでOS娘のイメージを具体化してきた人たちだ。様々な方向性のOS娘が描かれているが、それでも「」の持つOS娘のベースイメージを崩すようなことはないと思える。まぁ、OS娘のイメージの構成に比較的深く関わり、その中で各絵師あき氏のOS娘を開拓してきた人たちばかりなので、それは当然の結果だとは思うが。


 これをネットキャラと言うべきかはかなり疑問ではあるのだが…。
 虹裏や自作絵など、虹裏系板の住民には馴染みが薄いと思われるが、お絵かき板系@ふたば(お絵かき、落書き、落書き裏のいずれか)で7アンC(氏)名義で掲載(投稿)していたイラストや漫画を元に漫画として構成、コンプエース高津ケイタ(氏)名義で掲載したのがこの「母は強し」らしい。高津ケイタ氏「J-M-BOX 母は強し はじめに」によると、お絵かき板に投稿していた分はお絵かき板のほかのキャラ(7アンC氏が描いたもの以外も含む)も出していたようだ。おそらくコンプエースに掲載された分は、7アンC氏のオリジナルキャラクターのみが使われていると考えられる。
 この場合は、「作者」は7アンC氏自身であり、自らが作成し、ずっと投稿していたキャラクターを商業媒体の漫画としたわけだ。登場キャラクターである「かあちゃん(本名・武田 角音)」などをネットキャラと考えたとしても、これは多くの人の手を経たものではない。もしかしたら、7アンC氏の絵を元に7アンC氏以外がこれらのキャラクターを描いた可能性はあるし、7アンC氏が自分のキャラクターに対してそれをフィードバックした可能性はある。しかし、もともと7アンC氏がほぼ独力で作り上げたキャラであり、そのキャラの生みの親育ての親は7アンC氏ほぼ一人だと言って間違いない。
 「ユーザ層」に関して言えば、コンプエースに掲載されたものは別にネットで掲載されていた分の基礎知識を必要とする内容ではない。普通の一般読者に向けて描かれたものだと思う。保管庫の内容から推察するに、お絵かき板などで7アンC氏の作品を見ていた人であれば「毎度の母強の内容だな」と考えたのではないだろうか。もちろん作者自身が描いている以上、世界観を崩すなどということもない。
 このように、一人ないし特定の数名によって構成されたネットキャラであれば、その人自身の手できちんと構成することによって商業媒体に載せるというのは特に問題ないだろう。そのコミュニティでよほど多くの要素を取り込んでいるなら話は別だが。
 ただそういった存在を、ネットキャラと言うべきかはちょっと疑問ではある。公開の手段の差や環境の差はあるが、創作同人誌のキャラを商業媒体に載せるのとそう変わりないからである。



 以上、長くなったが今日はここで一旦終わる。
 次は掲載までの手続きに関する問題点、「」に対する態度の問題点について語ろうと思う。もっとも、次はおそらく入稿後になると思うが…。
 しかし、なんでこんな長くなったかな…

*1:雑誌で、ある作家が落とした場合に、代わりにあらかじめ準備しておいた別の作家の原稿を入れること。または、その目的で用意された原稿をそう呼ぶ。

*2:企画段階ではメディアワークスの電撃系の雑誌に出すことは想定していたものの、それがどれかは決まっていなかったため。

*3:例えて言うなら、スポーツ新聞に「メイドの次の萌えはネコミミだ!」と書かれるような。

*4:今後何回か引き合いに出すが、実のところ俺様はこの作品を全く読んだことがないので、誤って理解している部分があれば指摘してほしい。

*5:英語で「オタク」を表す。元来は「変人」などを指す言葉。ニュアンスもかなり近いが、主にコンピュータマニアを指して言うらしい。

*6:所有権・占有権のある、独占的な、といった意味。特にある企業のソフトウェアについて、それが独占的・クローズドに扱われる場合について、「プロプライエタリなソフトウェア」という言い方をされる。

*7:「とらぶる・うぃんどうず-OSたんファンブック-」 宙出版発行、2005

*8:やおい童話シリーズの直接のリンクは避けるが、探せばすぐ見つかるはずだ。

*9:つまりは勃起した男性自身

*10:http://www.forest.impress.co.jp/article/1998/10/15/personaware.html 窓の杜「キャラクターを使ったプッシュ情報クライアント「ペルソナウェア」が公開」を見れば分かるが、最初「ペルソナウェア」はフリーで配布されており、誰でもこのような「ペルソナ」を作れたし、フリーで「ペルソナ」を動かすこともできた。少数ながら一定のファンがあり、いくつかペルソナも作られていた。ところが「ペルソナウェア」が翼システムに買い取られ、ペルソナウェアシェアウェアとなってしまったことから、ファンの一部が怒り出したという経緯があるようである。それで、「ならばフリーでエージェントシェルを作ってしまえ!」として生まれたのが「それ以外の何か」だということだそうである。こういう経緯があったから、最初の標準Ghostとして添付されたのは「偽春菜」だったわけで、性格ももとの春菜と真逆にされたのだと考えられるのである。その後「任意」とか「さくら」とか呼ばれるようになった経緯なども、この「春菜」の権利を持つ翼システムから訴えられたからだったと記憶している。

*11:M$に対する批判的パロディはかなり際どいものも含め数多くあるし、実際M$は少なくとも一度、あるサイトを訴えたことが大人気ない行動として批判されたという失敗を犯している。

*12:どちらを使うか悩んだが、サイトにPNとハンドル両方を記していたので併記した

うがー!暑いぞ!

 …いやだからどうだって訳でもないのだが。クールビズとはあらなんだ、社員にMゾプレイを強いるための手段かと思う今日この頃だ。しかも俺様の自室も今日はなんだかとても蒸し暑い。窓掃除で縁側に大量に水をブチまけたのが原因なのか、そもそも今日は暑い日なのか…


 置いとこう。


 で、有明での夏祭りが近づいているせいか、賞味期限切れなのか、OS漫画掲載問題スレも落ち着き、問題そのものも大きく取り上げられることは特になくなった。多分スレもだいぶ下がっていると思う。このブログを見てもそんなにカウンタが上がってないし、多分話題としては薄れているのだろうなと思う。
 ただ、別に問題自体が消えた訳でもないし、多くの「」*1からこの問題が忘れ去られた訳でもない。単に表から火が見えなくなっただけで、何かあれば(燃料を投下すれば)またすぐに燃え上がるわけだ。インターネットとは怖いもので、特にインターネット上で何か広く他人を怒らせるような発言をすれば、それはどこかに記録されて残る場合が多い。俺様などが書き記しているものもその一つだ。そして、また何かあった時には、その発言は言った本人の意思には関わらず呼び起こされ、不特定多数の人たちに再参照され、「本人」の行動を判断する上での材料とされるわけだ。場所にもよるが、「本人」にとって不都合な発言であるものほど残っており、「本人」の望まない方向に使われるものだ。使ってほしい発言は全く使われることがないのに、だ。
 こういう事については本論の後の方でまた取り上げるのでいったんここで置いておく。また、こういうネット上での記録や発言については、いずれ一般論として取り上げたいと思っている。


 さて、また本題に入ろう。
 2005/07/06の文章、「電撃帝王によるOS娘漫画掲載について考える1」からの続きである。

*1:本稿では、虹裏コミュニティの住人を表すワードとして「」と「としあき」を使い分ける。時期的な差があるが、厳密ではない。